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飯塚幸三受刑者に対する損害賠償命令から学ぶ交通死亡事故の賠償

更新日:2023年11月8日

飯塚幸三受刑者に対して1.4億円の賠償命令が下されました

2019年に池袋で発生した乗用車の暴走事故の運転手飯塚幸三受刑者に対して、2023年10月28日、亡くなった被害者のご遺族が賠償を求めていた裁判で、1.4億円の損害賠償命令が下されました。

池袋暴走事故、元院長側に1.4億円賠償命令 東京地裁(日本経済新聞)

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF272XH0X21C23A0000000/

2019年に発生した池袋暴走事故とは、旧通産省工業技術院元院長の飯塚幸三受刑者がブレーキとアクセルを踏み間違えたことによって運転していた車を暴走させ、赤信号で交差点に進入して、歩行者や自転車に衝突し、合計で11人を死傷(うち死者2名)させたという交通事故です。

交通事故の大きさもさることながら、運転手の飯塚幸三受刑者が旧通産省工業技術院元院長という高級官僚であったこと、事故後逮捕されなかったことなどから社会的に大変注目された事故でした。

SNSでも「高級国民」などというワードが多くみられました。

実際には、逮捕されなかったのは、飯塚幸三受刑者が高級国民だったからではなく、逃亡、証拠隠滅のおそれがなかったからだと思われます。

しかし、事故の大きさからすると、一般的な感覚として逮捕されなかったのは、なんらかの特別な理由があったのではないかと考えてしまうのも無理はなかったと思います。

飯塚幸三受刑者は、2021年9月25日東京地方裁判所で禁錮5年の実刑判決が下されて、賠償命令が下された2023年10月28日現在は、刑務所に収監されています。

飯塚幸三受刑者は死亡交通事故の賠償金1.4億円を支払えるのか

現在は、刑務所に収監されている飯塚幸三受刑者ですが、今回下された1.4億円の賠償金を支払うことはできるのでしょうか。

通常、自動車を運転するときは、自賠責保険に加入することが義務付けられていますし、多くのドライバーが任意保険にも加入しています。

一般的には、交通死亡事故の賠償金は、加害者に代わって任意保険会社が被害者遺族に対して支払うことになります。

報道によると、飯塚幸三受刑者も任意保険に加入していたようです。

そのため、1.4億円の賠償命令は飯塚幸三受刑者に対してくだされましたが、実際に1.4億円を支払うのは飯塚幸三受刑者が加入していた任意保険の保険会社が支払うことになります。

1.4億円と大変高額な賠償金ですが、ご遺族は支払いを受けられないということはなく、任意保険の保険会社から確実に賠償金の支払いを受けることができます。

今回のように被害者が死亡している事故で、加害者が任意保険に入っていないと、自賠責からの賠償しか受けられない可能性もあるので、ご遺族にとっては不幸中の幸いだったといえます(賠償を受けられても被害者は帰ってきませんので不幸中の幸いとすら言えないのかもしれませんね…)。

飯塚幸三受刑者に下された賠償命令1.4億円の内訳は?

「1.4億円」と高額な賠償金であったためか、マスコミの報道では「1.4億円」という文字がことさらに取り上げられています。

しかし、1.4億円の内訳を報道しているマスコミは、私が見た限り1つもありませんでした。

1.4億円というと高額に思うかもしれませんが、今回の被害者は、若い母親と小さい子供の2人です。

若い母親と小さい子供の2人の命の賠償金が1.4億円と考えると決して高額とは言えないのではないでしょうか。

2人の命の賠償金が1.4億円ということは、1人当たりの賠償金は7000万円ということになります。

ひと一人の命が7000万円というのは決して高額とは言えないでしょうし、ご遺族の悲しみが癒されることもないはずです。

1.4億円の賠償ではどのような損害が認められたのか(交通死亡事故で認められる損害の内容は?)

飯塚幸三受刑者に対して1.4億円の賠償命令が下されましたが、今回のような交通死亡事故で1人当たりの賠償金が7000万円というのは、相場通りの金額で決して高額な賠償金とは言えません。

では、交通死亡事故ではどのような損害の内容が認められるのでしょうか。

一般的に交通死亡事故で認められる損害は以下のようなものがあります。

・治療費

・葬儀費用

・逸失利益

・死亡慰謝料

・ご遺族の慰謝料

治療費

治療費は、被害者が死亡するような事故の場合、被害者は救急搬送されて救命措置が施されますので、それなりの金額になります。

事故からしばらく経ってから亡くなってしまうようなケースだと、被害者は、緊急手術を受けて入院することが多いので、治療費は数百万円になることもあります。

葬儀費用

葬儀費用は、賠償実務では1人当たり150万円までしか認められません。

葬儀費用が150万円を超えていてもそれ以上の金額は損害として認められないのですが、これだけ物価が高騰している時代に150万円を上限としているのは、時代錯誤と言わざるを得ません。

葬儀費用の上限を150万円にしているのは、以下の理由からです。

被害者によって葬儀費用の金額に大きな違いが生じるのは公平性を欠いている

人はいずれ亡くなって葬儀費用がかかるためそれほど高額な葬儀費用を認めることはできない

逸失利益

逸失利益は、被害者が生きていれば将来得られたはずの収入が得られなくなってしまったことを損害とするものです。

逸失利益は、計算式が決まっていまして、おそらく今回は以下の計算式で計算されたと思われます。

賃金センサスの平均賃金×(1-生活費控除率30%)×労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数

通常は、平均賃金ではなく、事故前年の年収を使って計算します。

しかし、専業主婦や子供は収入がありませんので、政府が収入の統計として発表している賃金センサス(平均賃金)を使って計算します。

被害者である若い母親が仕事をしていた場合には、実際の収入と平均賃金を比較して高い方の金額を使って計算します。

今回の事故が発生したのが2019年(令和元年)なので、令和元年の賃金センサスを利用して計算します。

令和元年の女性の平均賃金は388万100円になります。

今回の事故で亡くなったお子さんは事故当時3歳の女の子でした。

就学していない年齢の女の子の平均賃金については、男女の全労働者の平均賃金を利用するということが一般的な見解になっています。

具体的には、今回の被害者の女の子の場合、令和元年の賃金センサスにおける男女の全労働者の平均賃金500万6900円を利用して逸失利益の計算した可能性が考えられます。

もう1つの可能性としては、大卒を前提として男女の大卒の平均賃金618万1500円を利用して逸失利益を計算した可能性が考えられます。

大卒の平均賃金を利用する方が良いようにも思えますが、大卒を前提としない平均賃金は18歳から働き始めることを前提としますので、必ずしも大卒の方が逸失利益の賠償額が高くなるとは限りませんので注意が必要です。

生活費控除率というのは、生きていればかかったはずの生活費を逸失利益から控除するための一定の比率です。

女性の場合、生活費控除率は30%とされています。

労働能力喪失期間とは、基本的には亡くなった時の年齢から67歳までの期間とします。

被害者のお母さんは事故当時31歳だったので、労働能力喪失期間は36年となります。

被害者のお子さんは事故当時3歳だったので、労働能力喪失期間は3歳から67歳までの64年となりそうですが、そうではありません。

逸失利益というのは、失われた収入に対する損害になりますので、実際に働き始めるまでの期間は労働能力喪失期間とはみません。

高卒を前提に働き始めるのであれば18歳から67歳までの49年、大卒を前提に働き始めるのであれば22歳から67歳までの45年が労働能力喪失期間となります。

労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数というのは、逸失利益は将来得られなくなってしまった収入に関する損害です。

そのため、実際に損害として発生するのは、収入を得る時期が到来してからになります。

そうすると、厳密に考えた場合、年収をベースにした場合1年毎に逸失利益が発生して、1年ごとに逸失利益の賠償を受けるということになります。

しかし、そのような賠償の方法は非常に煩雑なので、実務では、逸失利益の賠償は前もって支払いを受け、その分、実際に損害として発生するまでの利息を控除するという考え方をとっています。

これを中間利息控除といいます。

ライプニッツ係数というのは、中間利息を控除するための係数になります。

ライプニッツ係数は、2020年4月1日前の事故と後の事故とでは数値が異なります。

数値の違いは、中間利息の利率の違いです。

2020年4月1日前の事故は年5%、2020年4月1日後の事故は年3%の利率を前提としたライプニッツ係数になります。

利率が高い方が中間利息が大きく控除されることになるので、逸失利益の賠償額は年3%の利率を前提としたライプニッツ係数の方が高くなります。

今回の事故は、2019年に発生した事故なので、年5%の利率を前提としたライプニッツ係数を利用して計算することになります。

先ほど見たように、お母さんの労働能力喪失期間は36年で、36年に対応するライプニッツ係数は16.5469になります。

お子さんのライプニッツ係数は少し複雑になります。

お子さんの場合、事故時の年齢から67歳までの期間に対応するライプニッツ係数から事故時の年齢から実際に働き始めるまでの期間に対応するライプニッツ係数を控除することになります。

分かりにくいので実際の数字で見てみましょう。

被害者のお子さんは事故当時3歳だったので以下のようにライプニッツ係数を計算します。

67歳-3歳=64年 64年のライプニッツ係数 19.1191

18歳-3歳=15年 15年のライプニッツ係数 10.3797

19.1191-10.3797=8.7394

以上を踏まえてお母さんとお子さんの逸失利益を計算すると以下の計算になります。

【お母さんの逸失利益】

388万100円×(1-30%)×16.5469=4494万2538円

【お子さんの逸失利益】

500万6900円×(1-30%)×8.7394=3063万111円

死亡慰謝料

死亡慰謝料は被害者本人の慰謝料です。

一般的に認められる死亡慰謝料は以下の表のとおりとなります。

一家の支柱2800万円
母親、配偶者2500万円
その他2000万円から2500万円

ただし、今回の民事裁判では、慰謝料の金額が争点になったようです。

飯塚幸三受刑者が真摯な謝罪をしていないこと、刑事事件での判決が出るまで不合理な弁解を続けたことなどの事情が考慮されて、一般的に認められる死亡慰謝料を上回る慰謝料が認められたようです。

一般的に認められる慰謝料の最高額が2800万円なので、今回の件では最低でも1人当たり3000万円の慰謝料は認められてほしいところです。

ご遺族の慰謝料

ご遺族の慰謝料も法律上認められた損害になります。

ただし、そこまで高額な金額は認められず100万円から300万円の間くらいの金額になることが多いです。

個人的な感想

最後に、今回の池袋暴走事件の賠償金が1.4億円だったという報道を見た感想は、これだけの重大な交通事故で、2人もの人間の命が奪われているのに、1人当たり7000万円の賠償金は低すぎるということです。

交通事故の賠償金は、決まった計算基準で損害額を算定した結果の金額になりますが、計算基準はかなり長い期間変わっていません。

正直、交通事故の賠償における損害額の計算基準は見直すべき時期に来ていると思います。

そのためには、できるだけ現状の計算基準で計算した金額よりも高い賠償金を裁判所で認めさせることが重要になると思います。

当事務所でも、交通死亡事故には最大限力を尽くして解決にあたっていますので、できる限り一般的な計算基準で計算した賠償金よりも高額の賠償金が認められるような活動を継続していきたいとより強く思うようになりました。

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